2017年4月、「アートとデザインをつなぐ世界で初めての美術館」をうたう富山県美術館がオープンした。美術館内にはレストランやカフェ、ミュージアムショップもあって、隣接する環水公園の運河沿いを散策がてら、気軽にアートに触れられる富山の新名所になっている。なんと、オープンから9か月足らずの間に100万人を上回る来場者という盛況ぶりだ。
そして、この新しい美術館の中でも、ひときわユニークな人気スポットが「オノマトペの屋上」だ。誰でも自由に出入りできるこの屋上から見渡す立山連峰の美しい山並みは実に見事だが、同時に、そこに立ち並ぶ不思議な形をした遊具にも目がとまり、思わず足が向いてしまう。
“オノマトペ”とは、擬音語・擬態語といった意味で、「オノマトペの屋上」には、その名の通り「あれあれ、うとうと、ぐるぐる、つるつる、ひそひそ、ぷりぷり、ふわふわ、ぼこぼこ」といった、オノマトペをテーマにした遊具が設置され、連日多くの人々でにぎわっている。
この空間をデザインしたのは、グラフィックデザイナーの佐藤卓氏。NHK Eテレの「にほんごであそぼ」のアートディレクションや「デザインあ」の総合指導も手掛け、子どもたちのためのデザインを実践してきた日本を代表するデザイナーの一人だ。
どのようにして、このユニークな遊具が誕生したのか、そして、これからの「あそび」にはどんな可能性があるのか、佐藤氏にうかがった。
オノマトペの屋上のデザイナー 佐藤 卓 氏
大人も子どもも集う、不思議な屋上
― すでに人気のスポットとなっているオノマトペの屋上ですが、一体どんなところに魅力があるのでしょうか。
「オノマトペの屋上」について言えば、まず「屋上」という場所が、それだけで魅力があるものですよね。屋上に上がってみたいっていうことは、子どもから大人までどこかに本能的な欲求としてあると思います。どんな景色なんだろうって。来館者数についてはもちろん美術館だけを見に来る方も、レストランの人気もあるとは思うのですが、「屋上」というポテンシャルはあったのではないでしょうか。
上がってみたら現れる立山連峰の景色。さらに景色だけじゃなくって、なんだか面白そうな遊べるものがいっぱい並んでいる。そういう空間の魅力が掛け合わされて、楽しんでいただけているのかなと思います。
立山連峰を望む屋上では、様々な楽しみを見つけられる
― オープン後に、実際に屋上の遊具で子どもが遊んでいる姿をご覧になったとき、デザイナーとしてどんな気持ちでしたか。
まずはホッとしました。もちろんいろいろなことを考えて確かめながらデザインしていますが、子どもたちが本当に遊んでくれるかどうかっていうのは最終的に設置されて、公開されてからようやくわかることですから。それまではもう正直ドキドキなんですよね。屋上のオープニングの時もそうでしたけど、子どもたちが本当に楽しそうに遊んでくれていたこと、これだけ多くの方が訪れてくれているということに、正直にホッとしましたし、うれしいですね。
― ここでは子どもだけでなくて、大人が遊んでいる姿もたくさん見かけますね
大人の中にも「子どもごころ」というのは必ず眠っていると思うんですね。だからそういう部分が刺激されると、大人も童心にかえってやっぱりやってみたくなるんじゃないかと。
私はNHK Eテレの子ども向け番組のディレクションなんかもしていますが、その仕事のときにも、子ども向けなんだけれども大人が見ても楽しめるっていうことは考えていました。一般的には子ども向けというと、大人が思う、「子どもっぽいもの」を作って押し付ける……ってことをやりがちですけども、個人的にはそれは間違っていると思っているんです。
子ども向けに何かをつくるときでも、大人が本当に良いと思うもの、もしくは大人が本当に面白いと思うものを、ちゃんと子どもに提供する。それが大人の責任だとも思っていますし、私がすごく大切にしていることでもあります。だから今回の「オノマトペの屋上」も、大人が見てそれなりに納得してくれるクオリティであり、面白さであるということも前提にしてデザインしています。実際に大人も遊んでくれているのを見ると、なんだか嬉しいですね。
アート・あそび・学び 全てが混ざっている場所
― さきほど、子ども番組のお話もでましたが、そうしたお仕事からの流れや、積み重ねの中で、今回の遊具づくりに繋がった事というのはあったのでしょうか。
「にほんごであそぼ」という番組制作にかかわっていて、今年で15年が経ちます。この番組は子ども達に素晴らしい日本語を楽しく伝える番組なんですけど、その中で擬音語・擬態語、いわゆる「オノマトペ」を、最初からコンテンツとして使っているんですね。
だから日本語を楽しく感じてもらうってことについては、ずっとやっていたわけです。それがあったから、もともとあったふわふわドームっていう遊具を新しい美術館の屋上に移転しようという話があったときに、「あ、これはオノマトペじゃないか!」と。ふわふわ、という言葉が頭の中で今までやってきたオノマトペに繋がったんです。
そこからは自然と「オノマトペの屋上」っていうアイデアが出ました。思いついた時には、石井知事と、美術館を設計している建築家の内藤廣さんに、早くお伝えしたいと思ったくらいですね。結果として番組とは別の方向でひとつの形になりましたが、最初の発想においては影響している部分はあったと思います。
― 今回は、美術館の屋上という前例がない場所に遊具をデザインしたわけですが、子どもの遊びとアートには、どんな関わりがあるとお考えですか。
場所が美術館ですから、もちろん室内にはアートやワークショップのスペースが計画されていて、そのうえで屋上は子どもたちが遊べる場所にしたいということを伺っていました。それで考えたときに、「あぁ、そうか。子どもたちっていうのは勉強も遊びも、いろんなことに基本的には境目がないんだな」っていうことに改めて気づいたんです。
そもそもそういうものを分けるのは大人であって、子どもにとっては全て「生きる」っていうことなんですよね。遊びも勉強になるし、勉強だって遊んでいるようにできたら最高ですよね。 「オノマトペの屋上」というアプローチに気づいたところから“全てが混ざっている場所”という考え方に辿り着いていきました。
オノマトペの屋上は、遊びでもあり、なんだかアートのようなものでもある。そして、あそびや学びとしての言葉もそこにある。大自然と一体の景色が見える中で、ありとあらゆるものがそこで混ざり合ってる。そういうイメージが自分の頭の中で結びついていきました。自分の意識の中にあったいろんなものが、子ども、という境目のない存在を対象としたことで、隔たりなく繋がっていきました。
どこかにつながっていてお話ができる「ひそひそ」(左) 「あれあれ」この角度から見ると・・(右)
― 子どもたちのためにデザインをするということは、ほかのデザインとは違いますか。
子どもを対象に考えるって、最も厳しいこととも言えると思います。子どもはハッキリしているから。本当に素直なので、つまらないものは、つまらないで終わってしまう。大人みたいに、一応面白そうな顔をするなんてことは無いわけです。退屈だと思えば触れないで、どこか他へ行ってしまう。
だから、理屈ではなくてどういう風に感じるだろうか、どう感じてもらえるだろうかって考える事はすごく重要です。私たちは大人になってくると色んな事を分けて考えてしまうけれど、子どものためのこと、なかでも特に「子どものための教育」とか、「子どもに興味を持ってもらう」ということを考えることは、今まで意識の中で分けてしまっていたものを、もう一度元に戻す訓練にもなるんですよね。
― 今回、遊具というよりもアート作品のようなユニークな形のものばかりですが、実際に遊具として製作するうえで、ご苦労はありませんでしたか。
まずは、気持ち良さそうだなって思う気持ちを引き出す。それが難しいわけですよね。つまり「あ、これに這いつくばったら気持ち良さそうだなぁ」って思ってもらえるような形にまで持っていかないといけない。そのあたりが非常に大変な部分です。
― 佐藤さんがよくおっしゃる、「心地よい繋がり」に通じるところでもありますね。
そうです。今回は有機的な三次曲面が多用されている遊具が多かったので、やっぱり曲面の作りこみと、その曲面同士が心地よく繋がっていかないといけないので。
這いつくばってみたい、乗ってみたい。それが気持ちよさそうだ。そう思ってもらえる形にする作業は、図面では表現できないような細かい感覚の世界になってくるんです。なのでそこはもう本当に現場の皆さんに大変ご苦労いただいて、何回も修正しながら作っていきました。
思わず触れたくなる心地よい曲面の、「ぼこぼこ」(左)、「ぷりぷり」(中)、「つるつる」(右)
それからもう一つ大変なのは、動くものですね。動くものっていうのはやっぱり危険も伴うので、細心の注意を払わなければいけませんから、そこも本当に難しい部分でした。ぐるぐると回転するものが、どのくらい楽に回転していいのか。回りかたが固過ぎると気持ちよくないし、回転し過ぎるとぶんぶん回って危ない。今、普通の公園からも動く遊具がどんどんなくなってしまっていて、私自身も非常に残念に思っているのですけれども、動くものをそれなりに今の規準に許されるレベルで作るっていうのは、これは本当に難しい作業です。
手で押すと回転する「ぐるぐる」(左) 揺れるハンモックが心地よい眠りにいざなう「うとうと」(右)
デザインとあそびの可能性
― 最後に、これからのあそびとデザインの可能性について、教えていただけませんか。
人はやっぱり基本的に、身体を使うことが好きだと思うんです。だけど今は電子メディアなどで、動かなくても簡単にいろんな情報を見たり聞いたりできてしまう。下手したら一日中スマホなんかを見ているような生活にもなってしまうわけですよね。だからこれからの課題っていうのは「身体性」。これはどんなデザインの分野においても重要なキーワードだと思っています。
私はいろいろなデザインの展覧会なども企画、開催していますが、参加型の展示が多いのはそこを意識しているからですね。ただ見て聞くだけではなくて、参加できる。それもある意味ではあそびの要素が入り込んでいるということですね。
もちろん画面を見て、目を使う・耳を使うっていうのも、身体を使うことの一部ではあるのだけれども、せっかく身体っていう素晴らしいものを人間は与えられているわけなので、もうちょっと身体の全部が喜ぶような遊びっていうのは改めて見直されるのではないかと思います。身体を使うことは、人間は本来好きなことだと思うんです。それがどうしても、特に都会の生活とかをしていると忘れがちになるので、デザインにおいて、もっと積極的に取り入れて考えていってはどうだろうかと思っています。
富山県美術館では、2018年3月21日から5月20日まで、佐藤氏が展示会ディレクターを務め、NHK E テレの教育番組『デザインあ』をコンセプトにした展覧会が開催される。次はどんな世界に子どもたちをいざなってくれるのか、今後の展開も楽しみだ。
美術館でも上映中の、オノマトペの屋上メイキングムービーは >>こちらから
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