2021年5月に、「こども環境サミット2021」が開催される。2年に1度開催されるこのサミットの会場にはプレイデザインラボの遊具が展示されたり、フェローの方々のトークショーやデモンストレーションが開催されたりと、こどものあそびや環境に関する知見が深まるイベントとなっている。専門家やこどもに関わる人々が集い、意見を交わす「こども環境サミット」に、ぜひ参加してみてほしい。
さて、5月の開催を前に、前回2019年に開催された「こども環境サミット2019」の中でもとくに興味深かったトークショーをダイジェストで紹介しよう。
こどもの事故予防を考えるトークショー
今回紹介するトークショーのテーマは「子どもの事故を減らすためにー変えられるものみつけ、変えられるものを変える」。講師の山中龍宏氏は緑園こどもクリニックの院長としてこどもの健康に貢献するだけでなく、特定非営利活動法人 Safe Kids Japan 理事長として、こどもの事故予防啓発活動にも取り組んでいる。事故予防に注目したのは、1985年にプールの吸排水口に吸い込まれて死亡した女児を看取ったことがきっかけだという。
特定非営利活動法人 Safe Kids Japan理事長/緑園こどもクリニック院長 山中龍宏氏
見守りの事故予防は現実的に不可能
転落事故ややけどなど、こどもの事故は日常的に起きているのが現状だ。例えば浴室の窓が開いており、こどもが窓の外を覗いて誤って転落。母親が「こどもがいない」と探し周り、庭でうずくまっているのを発見して救急車を呼ぶ…。このような事故が起きることを想定して、人工呼吸や心臓マッサージ、AEDなど緊急蘇生の対処法については度々言及される。事実、事故の対処としては適切なものであるが、一方で事故が起きる前のことについてはほとんど言及されない。
事故が起きてしまうと治療のための医療費がかかるだけでなく、最悪の場合死亡してしまうリスクもある。事故が起こった後の対処法を完璧にするよりも、事故を予防する方に注力する方があらゆるリスクを軽減できるのは明白だ。
事故の予防というと、こどもの見守りを最初にイメージする方が多いかもしれない。しかし、見守りにはほとんど意味がないと山中氏は語る。WHOが発表した「子どもの見守りの科学の必要性」によると、見守りの効果は科学的に検証されていないといい、効果のある見守りに関する研究の必要性が述べられている。
そこで山中氏は見守り効果の実験を行った。部屋の様々な場所にセンサーを設置し、こどもを部屋で遊ばせるという内容で、19人のこどもを対象に実験した。幼児は段差などがなくても転ぶことが多く、合計104回の転倒が生じた。そして、転び始めから着地するまでの時間を計測し、転んだ際にどれだけの力がかかるかを検証。転び始めから着地するまでの平均時間は0.5秒という結果となった。人間が視覚で情報を得て体が反応するまでの平均時間が0.2秒ということを考慮すると、なんと0.3秒で助けなければ間に合わない。見守っていても助けるのが難しいことが分かる。だからこそ、科学的に製品や環境を変える事故の予防が大切なのだと山中氏は語る。
万が一の時にも事故につながりづらい製品開発を
山中氏は日本の事故対応の問題点を指摘する。2008年、杉並区の小学校で起きた事故の事例を提示した。その内容は、男子児童が小学校の屋上にある天窓に乗った際に、天窓が割れて1階の床に転落し、全身を強打して死亡したというものだ。調査すると、死亡事故の以前から何度か転落事故が起きていたということも明らかになった。
当時のニュースを記憶している方もいるかもしれないが、マスコミはこの事故について大騒ぎし、学校や教育委員会の責任を追及した。警察も責任を問い、結果的に校長と担当の教師が有罪となった。このように、日本では事故が起きると責任を追及し、犯罪として処理する傾向にあると山中氏は言う。これにより、事故はその人の不注意と責任であると考えられ、自分ごととして捉えられづらくなってしまうのだ。
一方、アメリカでは事故に対してパッシブ戦略がとられているという。加害者清算から脱却し、事故予防へシフトしているのだ。アメリカでは、医薬品「アスピリン」のこどもによる誤飲事故が多発したため、容器のフタをこどもでは開けづらいものにしなければならないと法制化された。その結果を3年おきに評価すると、70%以上の容器が予防に有効で事故の発生も減少させることができた。
近年、日本では電気ケトルによるやけど事故が多発している。山中氏が紹介した事例では、11か月のこどもが床の上に置いてあるケトルにハイハイしてぶつかり、お腹中に熱湯がかかってしまったというものだった。歩けないためすぐに逃げることができず、体表面積の25%をやけどする重症を負い、年間の医療費は500万円にものぼったそうだ。
この事故を診たある小児科の先生は、電気ケトルのメーカーに事故予防策をとってほしいと問い合わせたところ、苦情として処理されてしまったという。そこで、ハイハイするこどもがモノにぶつかった時と同じ衝撃を7種類の電気ケトルに加え、水が漏れないか実験。すると、全種類の電気ケトルが倒れ、ほぼ全てのメーカーの製品で水が広範囲に広がったのだ。5秒で体表面積の10%をやけどすると入院、30%以上では命の危険に関わるとされているため、非常にリスクのある結果だということが分かる。
実験結果をメディアに提供したところ、大きな反響があった。その結果、倒れても熱湯が漏れない電気ケトルがメーカーによって開発されることになったそうだ。事故予防のために企業や社会を動かすのは簡単なことではないが、「変えられるものを見つけて、変えていく」努力の積み重ねがこどもの安全につながっていくのだ。
業界に働きかけて事故を予防する製品に改良
WHOは事故予防のために変えるべき「3E」を発表している。「製品(Engineering)・環境(Environment)」と「教育(Education)」、「安全基準の法制化(Enforcement)」の3つの頭文字をとったものだ。
かつて日本では、こどもがライターで遊んだことによる火災が多発していた。当時、他国ではこどもが扱いにくいライターが一般的であったが、日本では中々導入されなかったという。山中氏は8年前に開催された東京都の対策委員会のメンバーとなり、製品の改善を主張したが、ライター業界からはこどもの手の届かないところに保管するので問題ないと反対された。しかし主張を諦めず、東京都の報告書にチャイルドレジスタンスの導入を記載したところ、法制化されてチャイルドレジスタンスを搭載したライターの販売しか認められないようになった。その結果、ライターが原因の火災が急減することに。3Eの中でも、有効性が高いのは「製品(Engineering)・環境(Environment)」を変えることなのだ。
ボタン電池のこどもの誤飲事故も大きな問題となっている。近年のボタン電池はサイズが大きくなり、誤飲しても自然に排出されず食道でとどまってしまう。すると、ボタン電池から発する電流により食道の壁がただれて、最悪の場合死亡事故につながってしまうのだ。
山中氏は魚肉ソーセージを使ったボタン電池の実験画像を提示した。1分間放置するとソーセージが黒く焼け、30分、45分と時間が経つにつれて広範囲が炎症する。食道に穴が開いて大動脈まで炎症が達すると、出血多量で死亡するリスクがあるという。
山中氏はボタン電池の改良を業界に訴えており、現在はハサミで開けないと取り出せない容器が一般的となっている。ボタン電池の構造自体の改善が最終目標であるが、製品・環境改善に向けて一歩ずつ進んでいる。
現在は企業と連携して、こどもが誤飲しやすいジェルボール型洗剤の容器改良に取り組んでいるそうだ。家庭で誤飲を防ぐために、欧米で一般的な誤飲チェッカーも開発した。3歳児の口腔容積の平均である38.5mmを下回るモノは誤飲しやすいため、誤飲チェッカーの39mmの穴にモノを通せた場合は子どもの手の届かないところに保管する、といった使い方だ。親指と人差し指で丸を作ってモノを通したり、直径4mmのトイレットペーパーの芯に通したりすることでも代用できるそうだ。
科学的な事故予防でこどもの安全を守る
最後に、Safe Kids Japanが制作した自転車事故防止の啓発ムービーが紹介された。中でも注目すべきなのが、ブレーキレバーの幅の調整についてである。こどもの手の成長は早く、小学1年生から6年生の間に20%も大きくなるという。ブレーキレバーの幅を適切に調整していないと、ブレーキの反応時間が0.1秒遅くなり、大きな事故の原因となってしまうそうだ。サドルやハンドルの高さを調整する人は多いが、ブレーキレバーの幅はあまり気にしていなかったという方も多いのではないだろうか。こどものいる家庭では、ぜひチェックしてほしいポイントだ。
現在行われている事故予防は個人責任やモラルの話に終始し、非科学的でその場しのぎであるという山中氏。WHOが提唱する3Eに則って、科学的にこどもの事故を予防することの重要性を理解できたトークショーであった。
[こども環境サミット2021]
各分野の専門家によるトークショーの他、迫力のあるタワー遊具や教材教具など、こども達に関わるものの展示が行われる。
※2021年5月26日(水)〜28日(金)に予定しておりました、こども環境サミット2021 の開催を延期します。
今後の予定は、こども環境サミットサイトでご案内させていただきます。