深澤直人氏のデザインする「プレイ・デザイン」シリーズの「ドーナツ」。ドーナツはこのシリーズで唯一、動く遊具だ。その名の通りドーナツ型の、オレンジ色をした回る遊具は、子どもたちにどのような行為をもたらすのだろうか。専門調査チームの東京大学学際情報学府 西尾 千尋氏が、「回転というイベント」と「場所と行為のバリエーション」という二つの視点から分析を試みた。
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<専門調査チーム ドーナツ担当 西尾 千尋>
東京大学大学院 学際情報学府博士課程在籍中。東京藝術大学音楽環境創造科卒業、同科教育研究助手を経て、佐々木正人研究室では移動と場所をテーマに観察研究を行う。現在は色々な家庭を訪問し、家というユニークな場所における乳児の移動の発達、運動発達と環境の関係について研究している。
イベントと場所から観察した子どものあそび
<イベントの分析>ドーナツに乗り合わせるというできごと
Part 1:固定したメンバーの乗ったドーナツに来客が訪れる
Part 2:衛星のように走る子どもとぐるぐる回り続けるドーナツ
Part 3:各々が好きに過ごすリラックスした回
回転するドーナツ
→長く滞在した子どもは15分ほど居る。少し離脱して戻り30分近く滞在した子どももいた。
→固定したメンバーで長く使い、そこに短時間乗り合わせる来客があるという関係がよく見られた。
→複数名まとめて乗り降りすることが多く見られ、一人が降りるとつられるようにして他の子どもも降りていった。
→どのようなメンバーが中心になるかで雰囲気が大きく変わった。
→回転の速度によって過ごし方にバリエーションがあった。速い回転では、ドーナツの周りを衛星のように回る子どもの姿が見られたり、ゆっくりとした回転では、各々が好きに過ごすリラックスして回転する様子が見られた。
<場所の分析>広い周辺を含め5つの場所に分けてみる
1. 外縁 -接触が起こる
→一箇所にとどまって、あるいは走りながらドーナツの表現に触れる。
2. へり -曲面を描きさまざまな姿勢を可能にする
→なめらかなカーブは滑り出ることと同時に全身で飛びつくこともできる。
→座る。
→力を抜いて身を預ける。
3. 開口部 -外と中のつながりと断絶を楽しむ
→回転による変化を手や足を外に出すことで楽しむ。
→人の出入りを妨害して遊ぶ。
4. 中心部 -コミュニケーションが起こる
→回転せずにままごと遊びをしたり、高速回転に身を任せたりする。
→複数人で交渉したり、からかったりする。
→一人で靴を履き直したり、何かの紙を見て過ごしたりする。
5. 周辺 -ドーナツまでの距離を測り、広い周辺とドーナツと関係させて遊ぶ
→回転するドーナツに近づけず、眺める。
→遠くからドーナツめがけて駆け寄ったり、ドーナツの回転スピードをペースメーカーにして周辺を衛星のように回ったりする。
観察のまとめ
ドーナツで見られるできごとには、3つのユニークな特徴が挙げられる。
●一度乗ると比較的長い時間を同じメンバーで過ごし、乗り合わせたメンバーによって過ごし方が違う。
●周辺域が広く、子どもがドーナツを見ながら滞留したり回転に沿って衛星のように走ったりする。
●へりの丸みと滑らかさに身を預けることで、さまざまな姿勢が引き出される。
西尾氏のコメント
ドーナツはつるりとした大きなリング状のへりに切れ込みが入ったかたちをしています。その形状と回転するという機能から、多くの子どもを引きつけていました。身を預けることができる大きなへりと、回転するとしばらく止まらないという性質によって、子どもがドーナツを使う時間は他の遊具に比べてかなり長く、へりに身を委ねて複数で過ごす様子は、乗り合いバスや遊覧船にたまたま乗り合わせたかのような偶発的で一次的な関係をもたらしていました。
またその回転ゆえ、ドーナツはどの方向に向けても均等な性質を持ち、切れ込み(開口部)はあるものの、子どもたちの出入りはここだけに制限されません。回転は子どもがすぐに接触することを阻み、周辺での滞留をもたらしていました。
私はこの遊具を、周辺、外縁、へり、開口部、中心部の5つの場所に分類して行為のバリエーションを観察しましたが、特に周辺での行為のバリエーションを面白いと感じました。子どもたちは、ドーナツに接触しないまま、中にいる人を見たり、話しかけたりして、全く違うエリアから縄跳びをしながらやって来て5分ほど周囲を回ってまた帰るといった行為も見られました。ドーナツへの流入や周辺への流出は集団で行われ、各々の集団によって、また回転の速さによってもふるまいが変わるという特徴が見られました。
一方、ドーナツの中では行為の持続性が長く、ものを持ち込んでままごと遊びをする子どもたちもいました。この遊具は、周辺の環境と切り離せないという大きな特徴をもつと同時に、おそらく部屋のような存在でもあるのでしょう。付き合ううちに“新たな使い方”を再発見することもありそうです。
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