山口県宇部市のときわ公園内にある「ときわ動物園」が、開園以来42年を経た2016年の春、新たに生まれ変わった。
この動物園を設計指導した大阪芸術大学教授で農学博士の若生謙二(わこうけんじ)氏は、海外の125の動物園を巡り歩き、日本の動物園に新風をもたらそうとする動物園デザイナーだ。
新しいときわ動物園では霊長類を中心とする26種類の小動物が、4つの“生息環境”(アジアの森林、中南米の水辺、アフリカの丘陵・マダガスカル、山口・宇部の自然)で構成される自然豊かな園内で、伸び伸びとくらしている。
総面積は約1.9ヘクタールと小さめだが、野草のような植栽が魅力の路(みち)に誘われて進んでいくと、小刻みに変化する景観とともに、そこかしこで、動物たちが自由に遊び、戯れ合い、のんびりくつろぐ姿をゆっくりと堪能できる。
そして、その路の先には、子どもたちが動物たちと同じように自然の中で実際に体を動かし、園での記憶を体現できる「自然の遊び場」がある。こちらは遊具メーカーのジャクエツが製作を担当した。
若生氏は、動物たちが本来の行動を発揮する生息環境づくりが大切だという。
動物たちがのびのびと暮らせる環境づくりとはどういったものなのか、そしてこの園を訪れる子供たちに、どんな工夫によって、何を投げかけようとしているのか。
開園後のときわ動物園で若生氏に伺った。
若生謙二氏
動物たちが“本気で遊ぶ姿”と出遭うために
「僕は、まず動物が幸せになって、人間がそれを学んで自分たちの幸せにつなげていけるような、そんな動物園を作りたいと思っているんです。」
ときわ動園を一周して一息ついたところで、若生氏はそう切り出した。園内の様子を思い返すと、枝の弾力に身を任せて遊ぶボンネットモンキーや、仲間と追いかけっこをするトクモンキー、あるいは長時間くっついたままでじっとくつろぐ親子の姿など、動物たちの生き生きとした様子が次々と目に浮かぶ。そんな動物たちを一緒に眺めていた人たちの中には、きっと、「あれ?あのお猿さん、まるで私たちみたい」と思った人もいただろう。動物と人間の日常的な仕草や、夢中になるあそびには、全く良く似た部分がある。そのことを、この動物園では多くの人に気づかせてくれる。
-表情豊かに遊び、くつろぐ園内のクモザルとテナガザルたち
若生氏に伺うと、この動物園の「生息環境」は、現地調査に基づき、自然の要素をふんだんに盛り込んで再現したのだという。
森林や草原や水辺、丘陵地帯。4つのゾーンの個性的なランドスケープ(景観)の中には、小さな地面の起伏や、高低差のある樹木、水平に伸びる木の枝、大小の岩、多様な種類の草本類などが、繊細な配慮で仕込まれている。そのような動物にとってごく当たり前の自然環境だからこそ、一匹一匹がまるでそこの主人公のように、自分のペースで活動しているのだろう。見る側もいつのまにかストレスから解放され、気がつけば、段差や枝を使いあそびに夢中になっている動物の姿をいつまでも眺め、温かな気持ちで見つめている。
「動物に対する僕らの目線というのも大事なんですよ。」
小津安二郎(1903—63年。原節子を主人公にした名画「東京物語」などで知られる映画監督。定点撮影など独自の映像手法で日本の原風景を描き出した)の映画はローアングルで撮られているからこそ心に響くものがあるでしょ。同じように人と動物の最適な目線の関係をつくってあげることが、すごく大切です。目線の高さを数十センチ上げるか下げるかで、全然違ってきますから」と若生氏。
動物園では通常、上から下へと動物を見下げることが多いが、ときわ動物園では動物を人の目線と同じ高さ、もしくは少し高めの位置に置いている。「カピバラの池でも70センチ水位を上げるだけで視覚効果が大きく高まりました。目線に近いので泳いでいる姿の迫力が全然違いますし、動物を見る認識が違ってくるんです」。
動物と見る側との境界には、分厚い壁や柵はなく、ベージュで塗られた細くて薄いネットが、シームレスな境界面に融けるように存在している。人にとっても観察しやすく、動物にとっても心地よい。人と動物のコミュニケーションの場が細心のおもてなしで設計されているようだ。
「色彩も使い方によっては妨げになります。オレンジや赤などの彩度の高い色のサインがあると、それにパッと目がいってしまう。縄の白や金属のシルバーも強すぎるので、全て薄茶のようなやさしい色を塗って自然の景になじませています。どうしても見てほしいサインなどは少しだけ彩度を上げて、軽くふっと目が留るようにしています」。
気がつけば、動物園にありがちな子ども染みたイラスト付きサインなども見当たらない。見る人の体験が動物の行動や背景の自然に集中できるように、至る所でデザインが図られているのだ。
- 目の前で見るカピバラ。観客の目の高さに合わせて地面と水面の高さが設計されている。
- 風景に融け込むように配慮された網は、やさしい印象で動物たちのテリトリーを守っている。
動物園から子供たちに“発信”できること
この動物園にはもうひとつ、目立った特徴がある。ランドスケープの中に、現地の家屋や吊り橋などが象徴的に置かれているのだ。それらは程よく使い古された趣で、動物たちの生息環境の中に佇んでいる。若生氏は言う。
「アジア、アフリカ、中南米、そしてこの動物園がある山口と、それぞれの地域の野生動物たちがここに集まり、各地の生息環境の中で生きています。ということは、つまり、この動物園から世界について発信していけるということです。野生動物や自然環境だけではなく、そこで生活する人びとのくらしや文化、生息地と人間との関係、さらには、今ここにいる私たち日本の社会とそれぞれの地域との関係など、動物園を起点にさまざまなことが考えていけるはずです。動物園でできる発信は無限である。私はそう思うんです」。
点在する家屋などがずっとそこにあったように馴染んでいるのは、すでに“時を経たデザイン”に仕込まれているが故だ。
子どもたちは、南米の湿地帯に生息するカピバラやフサオマキザルの生態について学びながら、湿地帯に適した家屋の形を見て学ぶ。
そこで、日本の家屋とはひと味違ったユニークな形に出合った子どもは、どんな興味を持つだろう。今こうしているに間もアマゾンで川とともにくらす人がいることを、距離を超えてリアルに実感する子どもがいるかもしれない。またもしかしたら、生まれて初めて“建築”というものに興味を抱き、形には意味があることを知るきっかけを得るのかもしれない。
- アマゾン川のほとりで暮らす人々の家屋が再現され、その地域に生息する動物とともに見ることができる。
- 動物園の中には吊り橋も点在する
動物園には生物学や動物行動学、生態学、環境学などさまざまな学問が濃縮され、子どもたちに向けてそのエッセンスがやさしく解説されている。ときわ動物園では、さらにそこに文化人類学や社会学などの人文科学的な要素が仕込まれているのだ。ここで意図される発信の意味と可能性は大きそうだ。すでに園内では控えめなデザインではあるが、強いメッセージをもつサインによって、目の前の動物を見た親子が人間社会や文化にも関心を持つような発信が始められている。
若生氏は、ゆくゆくは、学校教育のワークショップでも使えるテキストなどにして、動物園からの発信をより広く展開していきたいという。
動物園における子どものあそび場を考える
子どもたちが体を動かして遊ぶ「自然の遊び場」は、全ての動物たちを見終わった後にたどり着く、出口に近いエリアにある。そこは見通しが良い広場で、高さ約2.5メートルの小高い丘がデザインされている。その丘の上にはデッキを備えた遊具が据えられていて、デッキの上からは周囲の風景を見渡すことができる。
それまでの、動物たちのいる環境を縫うように回遊してきたプロセスの中では、路はずっと曲線でデザインされ、高低差や植栽などの遮蔽も加わり、視界の届く範囲が絶妙にコントロールされていた。それは動物と風景の移り変わりが楽しめるように意図されたものだった。だが、この「自然の遊び場」に到達すると、視界は開け、見終わったという達成感もあいまって開放感に満たされる。
しばらく見ていると、この場所に出たほとんど全ての子どもたちが、目の前の斜面をほぼ反射的に、歓声を上げながら、頂上を目指して駆け上がっていくのに気づく。
ここには、思い切り走りたいという衝動と、下からは見えないものを見て遊びたいという衝動の、2つのスイッチが作動する仕組みが仕込まれているようだ。
「丘の上のデッキに上ると、海が見えます。本当に見晴らしが良くて、歩いてきた動物園が一望できますので、自分たちの場所が『ここにいるのか』と分かります。実は僕の中にも、小学校1年生のときに天王寺動物園の丘の上で、風景を眺めながらお弁当を食べた記憶が鮮明に残っているのですが、きっと子どもたちにはこのデッキで見た風景が、新鮮な体験として記憶に残るでしょう。
僕は、最近、『あそびには原理があるんだな』と気づき始めました。飛び降りる、滑る、揺れる、揺らす、水があればじゃぶじゃぶする、ものを隠したり見つけたり、そして高いところに登りたがる。そしてそれは動物も同じです。ですから、枝の上をはねたり、塚の上に登ったりしている動物の様子を見た後で、最後にここで自分でも実際に遊ぶことをすれば、自分の中に何かがストンと落ちて刷り込まれると思うのです。それが“記憶の襞(ひだ)”になるといいと思っています」。
- 園内の「自然の遊び場」の様子。見てきた動物の姿とつながる様々なあそびを楽しめる遊具が特徴だ。
若生氏によれば、記憶の襞とは、これから子ども達が成長し、未知の境遇に立たされたときに、踏み出して挑んでいくための思考回路の基になるとても大切なものだという。
「特に幼稚園、小学校のうちは、遊ぶのが仕事です。子どもの頃の僕も塾にも行かず、時間を惜しんで野山で遊んでいました。そしてそのときに見たもの、体験したこと、友達と何かしたこと、それらが全部ずっと頭の中に残っています。その体験の記憶の襞で脳の中の回路がどんどん複雑になっていくと、本格的に勉強するときに、『ああ、こういうことか』という納得やヒントがふっと得られるようになると思うんです。答えを見つけなきゃいけない場面で、その襞がとても大事になるんじゃないでしょうか」。
若生氏は、「動物園から緑のまちづくり」という目標を掲げている。それはどんな構想だろう。「動物園に来た人が『こんな場所が家の近くにあるといいのに』とお話するのを、よく聞きます。でも、それってできますよね?できるんです。動物園をつくるためには、生息地の現地調査をし、ランドスケープや庭など、色々な要素を入れながらデザインしていきます。それらの要素を使って、今度は学校や幼稚園、病院、野外空間、室内などで、その地域のその場所に合う形にオリジナルで作っていけばいいんです。そのとき、映画やドラマをつくるように、歴史的な街や海辺の街、神社に近い街など、いろいろな特徴を織り込んでいく。ね、楽しそうでしょ?動物園から緑のまちづくりができそうですよね?」。ワクワクする気持ちが伝わってくる。
「周りからよく『楽しそうですね』と言われて、『はい、楽しんでますよ』と答えるんですが、こういう遊べる場所をつくるときには、何よりも作り手が楽しまないといけないですね。
苦虫をかみしめたような顔で図面を描いても、子どもたちが楽しめるわけがない。この動物園をつくるときも、議論しながら笑いが絶えず、みんなからアイデアがどんどん出てきました。“つくる人が楽しまないと利用者は楽しめない”。それは、私のこれまでの経験から言える、ひとつの原理・原則みたいなものです」。
最後に、若生氏に「自然の遊び場」の評価を伺うと、「みんな大満足して遊んでいます。ばっちりです!」と笑顔で応えてくださった。「日本の遊具は安全性を第一にしてマニュアル化されてしまいました。でも、本当は、安全性に配慮した上で、オリジナルのものを考えないといけません。それには頭を使うしかありません。答えはありませんからね。今回ジャクエツさんと一緒に作らせていただいたこのあそび場が、そのひとつの答えでした。ロープをわざわざベージュで塗ってもらったり、ターザンロープの足場を木にしてもらったり、無理なお願いをしましたが、細部のこだわりまで全て実現していただいたおかげで、とても良いあそび場になりました。ここ十数年、ヨーロッパではオリジナル遊具への流れがあって、遊具のあり方が大きく変わってきていますが、それに負けないような僕たちオリジナルのワクワクするあそび場や遊具を、ぜひこれからも作っていきたいですね」。
目の間で遊んでいる子どもたちの様子を眺めながらそう語る若生氏の中には、たくさんの発想が膨らんでいそうだ。
- 動物園と子どものあそび場について話が尽きない、若生氏とジャクエツの徳本達郎社長
ときわ動物園 http://tokiwa-zoo.jp/
(プレイデザインラボ編集部 デザインリサーチャー/楠見春美)