「子どもたちの健やかな脳発達のために」―脳を理解して、子どもの知的好奇心や認知機能を伸ばす

January 31st, 2022
瀧 靖之
東北大学加齢医学研究所教授 医師 医学博士
昨年、医師であり東北大学加齢医学研究所の教授である瀧靖之さんによる講演会が開催された。テーマは「子どもたちの健やかな脳発達のために」。MRIによる脳解析と親子関係や生活環境、判断力などの調査を組み合わせ、子どもの脳の発達を科学的に分析する研究分野である。今回は、子どもの脳の発達過程や脳発達のためにやるべきことなどについて、瀧さんの講演内容を元にレポートする。

 

感覚から思考力の順で脳は発達する


 

脳の発達は不均一に進む、という事実をご存じだろうか。幼い頃は視覚や聴覚といった感覚に関わる脳の後部が発達し、年齢を重ねるにつれて思考能力や判断力に関わる脳の前部の発達が進んでいくことが分かっている。そのため、子どもの脳の発達に合わせて適切な対応をすることで、発達をさらに促進することが大切になるのだ。

 

脳の発達過程について順を追って説明しよう。まず、生まれてすぐに発達するのは感覚を司る脳の領域。笑顔で赤ちゃんの目を見て話しかけ、抱きしめてぬくもりを感じさせてあげて愛着形成することが重要になる。生後半年から2歳頃までは、母国語の獲得に関わる脳が発達する。たくさんの絵本や本を読み聞かせてあげることで、すくすくと語彙を習得し、言葉の抑揚もマスターしていく。特に意識してほしいのは、生身の人間によるコミュニケーションであると瀧さんは語る。子どもは日本語の音だけでなく、表情や声といった情報からも言葉やコミュニケーションを学ぶため、DVDなどの教材だけでなく保護者や保育者による語りかけも積極的に行うべきだ。

 

2歳頃からは自分と他者の区別がつき始め、知的好奇心の発達がどんどん進んでいく。そのため、知的好奇心を伸ばしてあげるしかけを用意してあげることが大切になる。繰り返し接すると興味を持つ「単純接触効果」という現象があり、子どもにもその効果は生じる。昆虫や乗り物、動物、植物、楽器、図鑑など、子どもの手の届く範囲に知的好奇心を刺激する様々なものを置いておくと、自然と興味を持ち始めるのだ。図鑑や絵本で子どもが興味を持ったものは、本物を見せに行ってあげるとよい。仮想の世界と現実の世界を結びつけることで、知的好奇心はぐんぐんと伸びてゆく。その際、大人も一緒に楽しみながら見たり遊んだりすることが重要になる。子どもたちは真似をして能力を伸ばしていくので、楽しむ大人を真似することで興味や好奇心が広がっていく。

 

3歳から5歳頃は運動能力が大きく発達する。スポーツなどの全身運動だけでなく、積み木遊びや楽器演奏など手先の細かい運動もこの頃に伸びていく。運動は健康にいいだけでなく、脳の血流が上がることで記憶に関わる海馬の神経細胞が活発化し、ストレス反応を鎮めて感情のコントロールにも有効であることが分かっている。適度な運動は学業成績の向上や人格育成にも役立つのだ。

 

8歳から10歳頃は第二言語の習得に関わる脳が発達し、小学生から中学生頃にかけてコミュニケーション力が大きく伸びていく。コミュニケーション力は言葉を話すだけでなく、相手の表情やしぐさを伺って共感する脳領域も使われる。近年はゲームやSNSに没頭する時間が長くなり、リアルなコミュニケーションの機会が減ることで共感性の低い人が増加傾向にある。「こどもの頃からリアルなコミュニケーションを楽しむ機会を作り、共感性を養っていくことが重要になる」と、瀧さんは提言する。

 

睡眠と食事の質が脳発達に影響


 

「脳の発達には睡眠や食事といった生活習慣も大きく影響することが、脳科学の研究で明らかになっている」と瀧さん。特に睡眠は疲れをとるためだけでなく、記憶を脳に定着させる上でも重要になるのだ。どれだけ徹夜で勉強しても、適切な睡眠をとらなければ海馬が発達せず、学習したことが記憶として定着しない。毎日質の高い睡眠をとるためにも、ゲームやスマートフォンで睡眠時間を削ることは避け、日中の活動量を増やして深い睡眠を促すことが求められる。

 

食事に関しては、特に朝食の有無が脳の発達に大きく影響する。朝食は血糖値が急上昇する菓子パンよりも、ごはんを中心とした和食の方が脳にいい影響を与える。また、ビタミンやたんぱく質など個々の食品の成分ばかりにとらわれず、バランスよく多くの品目を取り入れた食事の方が脳の発達を促すことが分かっている。肉よりも魚介類や野菜を中心とした和食こそが、脳発達に効果的な食事なのだ。

 

認知機能を伸ばすことが、将来の活躍にもつながっていく


 

子どもの「賢さ」を育てるためにはどうすればよいのか。「賢さ」と一言で言っても、脳科学的にはいくつかの認知機能に分類される。ここからは、それぞれの認知機能の役割や伸ばし方について紹介しよう。

 

まず、実行機能について。計画立案能力や問題解決力、自制心に関わる認知機能だ。実行機能が高いと、学業成績や人間関係形成に好影響を与えることが明らかになっている。この機能はごっこ遊びやスポーツ、楽器演奏など、一定のルールに沿って行動する遊びによって養われる。計画を立てて優先順位を決め、ルールの範囲内で自由に遊ぶことで様々な力が育っていくのだ。特に楽器演奏は認知機能の向上に有効とされている。演奏するための空間認知能力、楽譜を見て覚えるためのワーキングメモリ、覚えたことを実行する実行機能など、幅広い能力を活用できるからだ。本格的な習い事としてだけでなく、子どもの頃からおもちゃの楽器に触れさせてあげることで、楽器演奏や音楽に親しむ下地を作る。そうすれば、自然と実行機能をはじめとする認知機能を、子ども自身が楽しみながら伸ばしてくれることだろう。

 

次に、知的好奇心について。知的好奇心は集中力や情報処理能力、探求心に関わるものであり、学業成績や仕事、趣味など将来にわたって必要不可欠な能力となる。この機能を伸ばすためには、本や図鑑、模型などで子どもが興味を持ったものの本物を見せてあげることが重要になる。子どものそばに様々なものを置いておき、自然と触れて興味の幅を広げてあげ、一緒に本物を見に行く。この繰り返しで、子どもが主体的に学び、知る楽しさを覚えていくのだ。実は、感情と記憶は密接に関わることが脳科学で明らかになっている。記憶を司る海馬と感情を司る偏桃体は、脳内で隣接しており、密に連携しながら機能を発揮している。子どもの「好き」という気持ちをしっかりとくみ取り、知的好奇心を伸ばしてあげることで、「賢さ」がどんどん育っていくだろう。

 

特に知的好奇心を伸ばすとされているのは、読書とアウトドア体験だ。保護者や先生が子どもと一緒に本を読む習慣をつけることで、知的好奇心が養われて学業成績の向上にもつながっていくのだ。自然の中を散歩して、季節や気温、天気を肌で体感するアウトドア体験も重要だ。親子で積極的に自然を体験しよう。その他、科学館や美術館、博物館、コンサートなどに子どもと足を運ぶのも、知的好奇心を高めることにつながるという。

 

創造性=クリエイティビティも賢さに深く関わる認知機能だ。絵を描く、ブロックで何かを作る、音楽やリズムを作るといったものごとを作り出す力は、学業成績と明確に相関する。本や絵画、音楽など様々なものをインプットする機会を子どもに与えてあげて、楽しみながらアウトプットさせることで、創造性が養われていく。一方、何もせずぼーっとする時間もクリエイティビティには大切になってくる。何もしない時間は脳のアイドリングと言える状態であり、脳の中では色々な記憶を結びつける作業を行っている。ぼーっとしている時にふと面白いアイディアが浮かぶことがあるのも、このためである。子どもが何もしていないからといって次々と作業させるのではなく、適切に放っておいてあげることも大切なのだ。

 

最後に、コミュニケーション力。会話力や共感性の高さは、学業成績や人間関係に大きく影響する。コミュニケーション力は生まれ持った才能だと思われがちだが、実は頻度の問題だと瀧さんは言う。たくさん会話すればするほどコミュニケーション力は伸びていくので、親子でしっかりと対話する時間を設けてあげることが重要になる。

 

「脳の発達過程を理解して、子どもの脳の健やかな発達を促してあげるためにも、保護者・保育者が子どもとの会話やあそびを一緒に楽しむこと」という瀧さんの講演は、子どもとの関わり方の指針となることだろう。